今回からはとある人力飛行機のお話。名古屋大学AirCraftが近年十八番としているF型についてです。一部口伝となっており、不確かな部分、誤り、推測が一部含まれますがそのような場合には注釈を入れるのでご容赦ください。
誕生経緯
まず、名古屋大学AirCraftは16年まではTT(タイムトライアル)部門で活躍するチームでした。TTとは片道500m、往復1kmをいかに速く飛べるかを競う部門です。テストフライト中に機体が損傷した15年を除き13~16年は常に入賞し、歴代2、3位、ならびに学生記録1、2位の記録を保持する最強の中堅チームでした。しかし、そんなTTも17年大会からは中止(理由は不明)され、飛行距離を競う人力プロペラ機(旧ディスタンス)部門への転向を余儀なくされます。今までに則り17~19年はDAE型の人力飛行機を製作していましたが、20年に「このままではいけない」ということで新機体の開発を実施します[注1]。そうしてできた機体が「Formalhaut」です。F型のFというのはこの形状を最初に示した「Formalhaut」の頭文字ということなんですね。そんなF型の特徴を今から見ていきましょう。
F型の概要
駆動
F型のメインコンセプトは駆動効率の最高化です。そのため駆動部品を極力減らした非常にシンプルな駆動系です。その見た目から直結駆動と表現されることもあります。とはいえ、もちろんペラとペダルを完全に直結としているわけではなく、軸方向の変換と変速を司るベベルギア(傘歯車)を一組噛ませています。このため、この駆動における損失は数少ないギアと軸受でしか発生せずDAE系の駆動と比較して非常に高い駆動効率を実現していると考えられるわけです。実際計測しているわけではなく、シャフト駆動のDAE系と比べたときの優位性は不明ですが、TT時代のエアクラの駆動はねじりチェーンでしたから、それと比べると駆動効率は大幅に改善されていることは確実です。
また、この駆動の大きな特徴としてマイクロ単位での微調整が挙げられます。このギアボ、各所のナットの締め付け具合によってギアの嚙み合い方、パイロットの漕ぎ心地などが変化します。そのため予定出力、フライト時間、実際のパイロットのフィーリングによって非常に細かい調整がなされます。まさに職人技って感じですね。
ここまで見ると非常に理想的な駆動であると思われるかもしれませんがこの駆動によって機体の各所にそのひずみが寄ってしまうこととなります。それについては次項以降で記しますが、実はこの駆動単体でも問題点があります。それは「たった一組のギアで変速をしなければならない」というところ。ペラというのはゆっくり回すのが大事というのは前回お伝えしましたが、人間はそれなりの速さ(70~80rpmくらい)でペダルを回す方が効率が良いとされています。そのため変速(入力側から見ると減速)させることが必須です。つまり大きなギアと小さなギアを噛み合わせる必要があります。ここまでグダグダ言ってきましたが、要するに大直径のギアを収めるためにギアボックスが巨大、即ち重くなってしまうということです。つまり直結だから、部品点数が少ないからといって明確に軽いことを武器にできるかというとそれは違います。
脚
F型の駆動により問題となるのがペラ半径の確保です。前回触れましたがプロペラとは回転半径が大きい方が効率に優れます。そのため効率を高めるには回転半径を確保する、つまりドライブシャフト[注2]の地上高を極力大きくすることが求められます。これを実現するために導入されたのが脚の概念です。F型の脚には2種類存在し、TF(テストフライト)専用のTF脚と鳥コン本番時にのみ装備する本番脚です。この2種類の脚が非常に空力設計泣かせの要素となっています。なにせTFと本番で機体特性がまるで違うのですから。
TF脚
TF専用の脚。固定脚ですが、実機でよく言われる引き込み脚に対する優位性、「軽量さ」は一切ありません。めちゃくちゃ重い。これは仮にも人間が乗る、全備重量100kg越えの物体を支えながら走行、着陸するためで、その構造は非常に強固です。これ自体の設計は非常に楽なのですが製造においてはフレーム組を実質2回やるのと同義なので非常に面倒くさい。さらにさらにフレーム組は2次元なのに対してこちらは3次元で、なおかつ地上滑走時の機体の運動を司るので高い精度が要求されます。
本番脚
本番時のみに使用する一発屋。実機と異なり引き込んだが最後、自動で出てくることはありません。路面の安定したプラットホームでの短距離滑走を主眼としているため、構造としては非常に弱いですが特に問題はありません。引き込み動作自体は電動式です。決して油圧だとか、ギアボから駆動軸を分岐させてその動力でだとか面倒で重量のかさむようなことはしていないのでお間違えの無いよう(まあ界隈の人間ならわかりきっていることだとは思うが)。
フレーム
直結駆動を実現するためなかなか面白い形をしています。このフレームの一番の苦労ポイントは「高さ」です。DAE系と異なり、フレームだけでパイロットのジオメトリ(姿勢)、フェアリングの大きさをはじめとして文字通り「全て」が決まってしまいます。すべての部品がこのフレームから放射状に延びているため、その影響は絶大です。DAE系だとコクピット高さはフレームというよりフェアリングで決定されることが多く、TUMPAの方式でも同様なのでF型特有のシビアな問題といえます。
フェアリングに覆われているため気付かれることはありませんがジオメトリ以外の理由でも年々形状が変化しており、最もF型のスタンダードが模索されている個所でもあります。現在(2024年)の最新機であるRigelではメインビームを上下に二か所(主翼用の上メイン、テールビーム接続用の下メイン)に採用しており、構造の強化及びフェアリングとドラシャカバーを支えるための斜めフレームが存在するのが大きな特徴です。テールビームがパイロットの下側に存在するのはかっこいいから…ではなくTF運用上の制約です。機体のブレーキ役であるキャッチが安全に機体をつかむためにはメインビームが手に届く高さにあることが必要なのでそうしています(テールはつかむんじゃないぞ!)。ここら辺の運用についてはまた番外編で紹介してもいいかもしれません。
フェアリング
20、21年でフェアリング製作技術が完全にロストしたため、2016年のPolarisを好きな人からすると信じられないくらい歪。他チームの人含めみんなはっきりとは言わないが正直美しくない。24年度からは日本大学NASGなどの他チームから技術習得を図っており、美しいフェアリングを取り戻すべく頑張っています。
23年までの共通する特徴としては駆動配置を利用しエアインテークをドラシャの周囲に設けています。ただし、風洞実験の結果そうしているわけではなく、最適解ではない可能性が高いです。パイロットの冷却性も不明です。
電装系
エルロンorフラッペロン操舵機能付きのフライバイワイヤ。以上。引き込み脚のスイッチとかもあるけどただのスイッチだしなぁ。
翼
主翼
F型たる翼というのはまだ存在しませんが、2024年度までの傾向としてエルロンを装備した高翼配置で片持ち構造の主翼というものになります。まあ、TT機時代より引き継いだエアクラ伝統の翼を高翼配置に変更しているだけですね。F型の特徴と言うには弱いのでここではこれ以上触れません。
尾翼
エアクラ伝統の十字尾翼(エレベータとラダーの桁軸線が直交)です。まあこれそのものは翼端が増える、すなわち抵抗が増えるので空力的に好ましくはないのですが…かっこいいでしょ!解決!マウント構造はジュラルミンを使用した非常に堅牢なもの。テールヒット(プラットホーム発進時にテールないし尾翼をプラットホームにぶつけてしまうこと)してもマウントが壊れるということはありません。多分テールが折れる方が早いんじゃないかな…。翼端のアラミドDboxは22年以降廃止されています。
まとめ
ということで今回はF型の概要についてでした。他チームの皆さん、別にまねしてもいいけど結構修羅の道なのでそこの覚悟はしておいてね。次回は各代で実施されたマイナーチェンジについて触れていきます。それではお楽しみに!
脚注
[注1]
ここの理由についてはしっかりとした話が残っていないので信ぴょう性に乏しくここでは詳しく触れません。
[注2]
日本では進行方向と同じ向きの回転軸をプロペラシャフト、進行方向に直交する回転軸をドライブシャフトとすることが多いですが、鳥人間界隈では駆動回転軸は基本ドライブシャフト、ないしその略であるドラシャと言われることが多いです。
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