今回は引き戸!モビリティにおいては案外採用例が少なく、専ら採用例の多い鉄道界隈での話になりますので予めご了承いただければ。
この引き戸については鉄道界隈ではいくつかの分類があります。今回もそれに倣い引き戸とプラグドアの2種に分けて解説していきます。
ではまず基本となる引き戸から。
構造
基本は以下の図に示す通りです。
上下にはレールがあり、戸袋が設置されることが多いです。扉の移動は1次元的であることがほとんどで非常に簡素ながら開閉速度に優れ、大きな開口部を作ることが容易です。この特性から多くの貨客を素早く積み下ろしさせるには非常に適したドア構造であることが分かると思います。
駆動
扉の移動は一次元なのでアクチュエータ(シリンダとピストンで構成される動力)ないしリニアモータが使われることが多いです。
空圧式
鉄道において最もメジャーなのは空圧アクチュエータを用いたものです。そのまま動かすものもあればリンク式のものもあります。リンク式は比較的古い車両でよく使われており、元京急車である琴電1200形をはじめとして、戸袋窓が存在する車両ではリンクを見ることが可能です。そのまま動かすもの、今回はあえて直動式と呼びますが、直動式は近年の車両で、なおかつ作動時に空気の音がする車両はすべてそうです。ドアの開くときのぷしゅーという音、いいですよね。
余談ですがバスのドアも(引き戸、ヒンジドアを問わず)空圧式が多いものの、ぷしゅーという音はドア開閉の音ではなく、ニーリングやクラウチングによるものです。
電動式
一方電動式はリニアモータを使用するものと、通常のモータのような回転型のモータを使用するものがあります。リニアモータは空圧アクチュエータを使用するときと同様、直動式が多いです。一方、回転型のモータを使用する場合はスクリュー式や、FCPMと呼ばれる薄型モータとラックアンドピニオンを組み合わせた型があります。前者は工作機械の送り装置と同様、ねじとナットを使用して回転運動を直線運動に変換するものです。後者は薄型モータの実現により開発された型で、歯車付きモータで扉についたラック(歯のついたレール)を動かすものです。ラックとピニオンの組み合わせにより、非常に簡単に左右連動させることができるほか、倍力装置のように、少ない入力で大きな移動量を生み出すこともできます。
独立式と連動式
近郊、通勤列車では2つの引き戸を合わせたものが多く見られます。こういったドアの場合は左右独立式と左右連動式に分けることができます。独立式は扉の枚数分作動装置を設けるタイプ、連動式は片方の装置の出力をもう一つに分けることで作動するタイプです。
連動式に関してはベルト式、ラックアンドピニオン式の2種が主です。スクリュー式は左右連動しますがどちらにも当てはまらない例外ですね。
建物の入り口によくある自動ドアは電動ベルト連動式です。モータでベルトを駆動しドアを開閉させます。電車と違い制約が少ないので薄型ではなく通常のモータを使用しています。
ちなみに列車において、連動式を見つけるのは簡単です。扉に片方しか取っ手がないものは必ず連動式です。機械的に連動しているので停電時も片方を引けばもう片方も動くんですね。一方、取っ手が両方に存在している場合は独立式…のことが多いです。これは必ずしもそうとは言い切れない事例があるので注意。
注:非常時も乗務員の指示に従い、扉を勝手に操作することはやめましょう。最悪の場合死人が出ます。
余談ですが、取っ手周りでいうと、内と外では高さが違ったりもします。これは列車の扉の手動操作は原則緊急時のみであり、ホームがない場所で操作することを念頭に置いているからです。ぜひここら辺もチェックしてみてくださいね。
自動車
自動車の電動スライドドアに関しては上記のいずれとも異なる方式です。扉に駆動用モータが取り付けられており、車体側面に設けられたレールをけって進みます。このレールとモータとつながっているギアの関係がイマイチよくわかりません。ラックアンドピニオンのように噛み合っているのか摩擦駆動なのか…ご存じの方は教えてほしいですねぇ。
戸袋
戸袋の有無は意外と重要です。コストや構造のことを考えると無いほうが優れていますが気候などの外乱要素や動作の確実性を考えるとあった方が優れています。日本国鉄(JNR)は軽量化等を理由に外吊り式扉を導入しこの問題に直面したことがあります。
気密式
ちなみに新幹線で採用されている引き戸はただの引き戸ではありません。新幹線は快適性を高めるために車内を気密としていますが、これを可能にするには扉と車体の間の隙間をなくす必要がありました。そのため、ドアを車体に押し付ける構造になっています。そしてこの関係上、内側から外側に押し付ける構造になっています。
気密性という観点だけ見るならばヒンジドアの方が有利なのですが、車いす対応扉では開口部を大きく、そして軽量に製作できるという理由で、他の扉においても素早い開閉やホーム上のヒトやモノ、及びその動線に支障しないためには引き戸の方が良いという判断がなされているのだと思います(あくまで推測)。また、前述の理由と若干かぶりますが、ホーム柵、ホームドアとの親和性の高さも評価されていると思います。とはいえ何より一番重要なのは、「客が扱いになれている」ということなのでそこもかなり大きな理由なのは間違いないでしょう。実際、英国においてClass800導入時にドア扱いが分からず遅延なんてこともあったものですから…
プラグドア
次にプラグドアについて。プラグドアとは全閉時に車体外壁と面一になるものを指します。実は採用例がそこそこ多いんですよねこのタイプ。ただし、今回はあくまで引き戸なので高速バス等で採用されているタイプのプラグドアは取り扱わず、次回に紹介を回します。
プラグドアは外プラグ式と内プラグ式の2つがあり、前者は自動車のスライドドアや一部特急列車に、後者は新幹線車両で見ることができます。
外プラグ式
おそらく最も多くの方が知っているであろう言葉に直すと、「スライドドア」です。自動車では完全手動のタイプや電動のタイプがあり、バンでよく用いられています。開口部を大きくしながら開閉時に広い場所を確保しなくて済むという恩恵をこのドアで受けている方は非常に多いのではないでしょうか。同様のドアはヘリコプターでも用いられています。また、在来線特急、路面電車の一部にも用いられていますが、その多くが側面にレールが露出していないものです。
これらドアはそれぞれの乗り物によって引き戸タイプのプラグドアを採用している理由が異なります。自動車は前述したように広い開口部を実現しつつ、開閉に大きなスペースを必要としないことと空力面での影響を最小限とすることを目的としています。一方ヘリコプターでは広い開口部をもちつつ、気圧差や気流の影響を受けないためです。鉄道車両では理由は車両により様々で、以下の理由のうちのどれかがあてはまります。
・風切り音の低減(外部騒音の面と内部の快適性の面どちらも有)
・戸袋の省略
・開口部の強度確保(扉そのものや周辺機器は強度低下傾向)
・車両構造上の制約
・デザイン性(先進的に見せたいときは特に)
・着雪防止
ただし、欠点もあり、構造の複雑さは大きなデメリットになります。日本では定時運行は絶対原則なのでドア構造が複雑、すなわち故障の可能性が高いこのタイプは基本的に採用されません。また、乗車率の高い日本の都市内交通特有の問題としては内側からの力に弱く超過密状態での安全な運行はやや厳しいです。プラグドア特有の動きはリンクによって成し遂げられているものが多いので外側に押し出されると同時に開く方向に扉も動きます。これはなかなか危険なので採用しずらいという一面もあります。実際、墺の鉄道では大型両開きの外プラグ式ドアを備えた車両が高速走行中、列車すれ違い時の負圧によってドアが開いてしまうという事態に陥っています。
内プラグ式
前述のように新幹線車両で主に見られる形式です。新幹線は高速かつ静粛な運転が求められるので、空力面に関しては細心の注意が払われています。この扉も通常の引き戸よりも空力面、騒音面で有利と判断され500系量産車、E2系先行車で採用されましたが時速300km付近では引き戸と大きな差はないことが判明。以降の新幹線電車ではほぼ全て通常の引き戸が採用されました。しかし中には例外もあり、N700系では先頭に最も近い計4つの扉(1号車2つ、16号車2つ)のみプラグドアが採用されています。これは客室扉のやや後方までノーズ形状は続いている(と考えることができる)ためであり、空力への影響を最小限にとどめたかった結果と言えます。
外プラグ式と比べたとき、戸袋が必要ですが構造面では若干単純になっています。しかし、複雑な構造に変わりはなく、前述のように700系以降の新幹線電車では特別な理由がない限り採用はされていません。新幹線が内プラグとなっている理由は主には前述のように気密が関係してきます。
まとめ
ということで引き戸でした。建築では日本らしさを醸し出すのによく使われる引き戸ですがモビリティにおいては世界中で広く使われる単純ながら優れた扉です。皆さんもぜひ観察してみてください。ただし、手や荷物を引き込まれないように注意してくださいね。それでは次回、ヒンジドアです。お楽しみに。
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